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2017-10

「夜明けの祈り」 - 2017.09.22 Fri


何から、どんな言葉から始めたら良いのか分からない・・・沁み入るというか、深い映画でした。


映画のタイトルは、「夜明けの祈り」。


登場人物それぞれの心理描写が丁寧かつ分かり易く描かれていて、それぞれの人物の気持ちが分かるだけに主要な人物の人数分の思いが頭の中で交錯して、感想が纏まらないまま映画館を出てきました。


エンドロールが流れ終わるまで誰も席を立たない、席を立って暗い映写室を出て館内の出口を出るまで鑑賞した誰も口を開かない、話さない余韻の中、静かに映画館を出ました。


まあ、私は一人だったので話す相手はそもそもいないのですが、映画の余韻で誰とも話したくない感覚であったのは間違いなく、皆さん同じであっただろうと思います。







ここからは、ネタバレ有りですのでご注意下さい。



第二次世界大戦直後の1945年12月のポーランドが舞台の映画でした。


女子修道院が舞台の実話ベースだそうです。


主要な登場人物は、修道院長、フランス語を話せる副院長、赤十字で活動する若きフランス人女医、その同僚であるユダヤ人男性医師、修道女たち。4人と修道女たちということです。


人物たちのそれぞれの辛い気持ちが痛いほどに伝わってくる映画でした。







ある日、赤十字のフランス人女医マチルドの元に修道院から抜け出した一人の修道女が、助けを求めに来ました。


修道女の必死の思いにほだされたマチルドが、修道女に導かれて女子修道院に行ってみると、そこには出産前の陣痛と戦い苦しむ修道女がいました。


事情が分からないまま、緊急でマチルドはその妊婦のお腹から赤ちゃんを取り出し、母子ともに助かりました。


唯一フランス語が話せる副修道院長から事情を聞くと、ソ連軍にこの女子修道院が襲われ乱暴をされたが、修道院という性格と立場から、ポーランド政府に訴え出ることが出来なかった。
修道女たちは心も身体も清廉でなければならないのにこのようなことになり、恥ずかしいどころか教義を外れたことで修道院は取り潰しになり放り出された修道女たちは生きていけない蔑みを受けてしまうので、自分たちの中だけで隠し公になることを拒んできたとのこと。


マチルドは、最初こそ自分にはこれ以上どうすることも出来ないと言っていたものの、他にもこのソ連軍の蛮行により、妊娠してしまっている修道女が6人もおり、副修道院長から聞いた実情に心を動かされ、助けることにしました。


マチルドの方は、赤十字から派遣された医療施設で働いていて、時々黙って施設を抜け出してはこの請け負った修道院の修道女たちを助けることで、赤十字の中での立場が危うくなってしまう場面もあるのですが、修道院と修道女たちの名誉と尊厳と立場を守る為、まさか周囲に理由を説明して許可を得ることもままならず・・・途中、とうとうピンチの時に信頼できる同僚(肉体関係のある恋人未満のような間柄)の医師にのみ事情を話し、協力してもらって修道女を助けることが出来たのでした。


7人全ての出産を何とか無事に終えさせましたが、それでも修道院内で子供を育てる訳にはいかず、自らも梅毒にかかって苦しんでいた修道院長によって、最初立て続けに生まれた2人の赤ちゃんは修道女の親類に預けられました。


しかし、この2人の赤ちゃんは、親類に預けられた訳ではなかったのです。森の外れの祠(ほこら)のようなところに修道院長によって、捨てて来られていたことが後で分かりました。


残った5人の赤ちゃんも捨てられるか?という運命の前に、最後はマチルドの名案。町にたむろす戦災孤児の浮浪児たちの集団を修道院に連れて行き、修道院がこの不幸な子らの集団に施しを与え養い育てることにして、その中にこの赤ちゃんたちを混ぜて育てれば怪しまれることなく育てられ、母性の芽生えた修道女たちも赤ちゃんも助かり修道院の立場も守られるというところで、苦しいながら何とかハッピーエンドを見てマチルドは本国へ帰るといったストーリーでした。







修道女たちの、教義を破ってしまったというどんなに祈っても祈っても消えない罪悪感。
同時に沸き起こる赤ちゃんを産んで芽生えた人間の本能としての母性。苦しいはずなのに赤ちゃんを抱きお乳をあげ慈しむ喜び。それだけに手放さなければならない苦しみ。
親類に預けられ幸せに育てられていると思っていた赤ちゃんが、実は修道院長によって捨てられていたと分かった時、一人の修道女はショックで自殺をしてしまいました。
祈りの道を捨てて修道院を出て還俗し赤ちゃんと生きていく道を選んだ修道女もいましたが。


修道院長は、自らも襲われ梅毒に苦しみながら院長として修道院を守らなければという責任感と使命感から赤ちゃんを無かったことにしたかった訳です。それが捨てるという行為。
神に祈りを捧げる修道女が、子供を捨てる・・・責任感の強さから人としても宗教者としても間違った道を歩んでしまった訳です。
神様に祈る時、自分の罪の呵責から、「大きな十字架を背負わせてください」と祈るのです。自責の念の強さが見ていて辛かった。
秘密裏に行ったこの行為を自分だけが終生苦しみながら抱えていくつもりだったのに、他の修道女たちがこの事実を知ることとなり、信頼を失い立場を追われ、体調を損ない修道院の隅っこで寝たきりの状態となってしまいました。


誰も悪くない、誰も憎めない、怒りをぶつける先はない、ただ耐え忍び祈るのみ。やり場のない気持ちが観ていた私の心と脳裏をも覆ってしまっていました。


マチルドの方は、両親が共産主義というものの本人は共産主義者ではないという立ち位置。恐らく無宗教であったと思います。修道院を助けることにしたのは、宗教を理解したのではなく医師としての責任感以上に”人道”でした。
助け始めた初期は、理解できない!と感じる部分も多かった修道女たちの教義に則った行動でした。わりとクールに動いていた初期でしたが、修道女たちと触れ合う中で、宗教をひたすら信じる一本気な修道女たちと教義に理解を示していく部分が、宗教も国籍も越えて、"人として"を感じましたし、日々負傷兵を治療するという激しい職務に従事する職業人として、ややもすると強靭な心と体力で戦う毎日だった中、助けることになって修道女たちのやり場のない苦しみを理解していく部分で彼女の女性としての柔らかな心情が温かく、赤ちゃんを取り上げていく中で、彼女にも母性が芽生えているんだなと感じる場面はじんわりすることろでした。


マチルドの同僚の男性医師は、ユダヤ人。主要な登場人物として先に4人と挙げましたが、この人物だけは準主役。
マチルドと肉体関係はあるものの、マチルドが彼のことをそう好きでもないなと感じるのとは反対に彼はマチルドのことが大好き。
マチルドが秘密を抱えて何かやっていると気付いてはいますが、当初は教えてもらえないことに寂しさを覚えつつ見守ります。
しばらくして、修道女の出産が重なった時に一人で助けるのは無理と悟ったマチルドが、口が固く信頼出来、またユダヤ人であることも(修道女たちの尊厳を守る為に)好都合である彼に事情を伝え、一緒に修道院に助けに行ってもらったという役目でした。
このストーリーは、そもそも実話ということなので、この男性医師が脚色の為にフィクションで登場している訳でないことは分かっているのですが、ストーリーが進む中で、私はこの男性医師の存在が、マチルドの心の動きを知らないがゆえに裏腹であったり呑気さや無神経さを感じる言動を彼女に対して行うのが、より彼女の修道女たちを心配する気持ちや人道からの強い意志を際立たせ、良い存在というか良い脚本だなと感じました。


映画全編を通して、関わっている全員が、もうどう処理したら良いのか分からない心の有り様になってしまっているのが苦しい映画でした。
いくら考えても修道女たちには出口がない、誰も救われないといった気持ち。
そもそもソ連軍の暴挙が理不尽でした。戦争のの罪、悲惨さを感じると共にカトリックの教えを崇高なレベルで信じている純真な人たちにとってさえ、この暴挙はトラウマであり救われることがないんですよね。いえ、そういう人たちだからこそより悩み苦しむのかも?とか・・・全て拒絶したくなるような現実の中から湧いてくる母性と罪の意識との乖離。
修道女たちの気持ちも分かるし、修道院長の気持ちも分かる。誰も悪くない。誰もどこにも気持ちの逃がしようがない。
それを見つめて関わるマチルドも出産の助けはしてあげられても気持ちの闇を取り除いてあげることは出来ない。本当の意味で助けてあげることは出来なくて一緒になって辛い訳です。それを俯瞰で映像として観ている私たち観客も共有してしまったように思います。


最後の最後にフランスに帰って医師の仕事を継続しているマチルドの元に、平和な様子で修道女たちと子供たちが映った集合写真が送られてきました。
修道女たちは、手元で自分たちの子供を育てる術を手に入れたことで、罪の意識はきっとありつつも子供を育てる女性としての喜びをそれなりに感じているようで、起こった過去の事実に何とか折り合いを付けて生きているんだなということが分かる写真で、マチルドも安堵するといったシーンがありました。
観客である私もそれを見てひとまず安堵したものの・・・不条理さというのかな?にやりようのない気持ちが後を引く映画でした。
終わっても全員が無口なまま映画館を去った・・・というのはそれが理由だと思います。


また良かったなと思ったのは、ポーランドの12月の薄雪の凍りついた北の大地の様子。失礼ながら、いかにも寂しそうな色彩なんですよね。この映画の舞台がお花が咲き乱れ、緑輝く生命力に満ちた背景だったら、これまたちょっと感じられ方は変わったと思うんです。
そして、乱暴なシーンがなかったのが良かった。修道院が舞台で全編を通して清廉な空気感が支配する映画なのに、過去の回想シーンでソ連兵の蛮行のシーン(要するにレ◯プシーン)とか出てきたら、凄く嫌だったと思うんです。こんな事件があったとフランス語を話せる副修道院長がマチルドに説明することで観客もそれを知るのみ。
映画ってそういった残酷なシーンとかセクシャルなシーンとかの有無で興行成績が変わってくると思うのですが、そんなシーンの無かったことから、この映画作製者の真摯な姿勢が伝わって来ましたし、商業的過ぎない良作に思えて本当に良かったです。


ここまで書いて、すごく重くて暗い映画って思われるかもしれませんが、そうではないんです。私の感覚ですが重いというより深いんです。
決して明るくはないですが、暗過ぎて涙が出てくるという程でもないんです。涙が出るより先に考え込んでしまい、結論が出ないので涙につながらない感じ。
それぞれの人物の悩みに共感しつつ、赤ちゃんが次々に生まれてくることは、どうにもならない状況の中で人間の根源的な喜びや希望を感じさせるし、修道女たちの優しさや母性を感じる部分もホッとするし、何とかなったというラストも暗くて仕方ないという感じを回避させるものだったと思います。


以上が私の感想なのですが、どう書いたら良いか分からなくて・・・分かり辛くてすみません。長々書いてしまいましたが、この映画の空気感や核心が伝わったかどうか・・・にも関わらず、ここまで読んでいただきありがとうございました。本当に良作でした。皆さんも良かったら観てみていただきたいなと思う映画でした。







写真は、近くのカフェの奥の扉を開けて階段を上がった先にある隠れ家です。


いつもは一階のカフェの入口から入ってすぐのモダンなフロアでコーヒーをいただいていたのですが、お手洗いに行きたくなり、奥の扉を案内されて見つけた隠れ家的な二階フロア。


トーンを落としたライティング、使い込まれた家具の置かれた誰かの家のリビングみたいで落ち着く空間です。


私が映画の後に来た時にはこの空間に誰もいなくて占有^ ^


コーヒーは、エチオピアのフレンチプレスで、香り高いものです。


こんなところで静かにこの映画の感想を書いたのでした。


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● COMMENT ●

映画、、なんともポーランドそのものをイメージする映画のようです、、
ぼくの頭の中の、ポーランドといえば、シンドラーのリスト、
戦場のピアニスト、コルチャック先生とかだけで形成されてしまって(これらはもっとストーリーが単純ですが)
、観られた映画は、あまりにも凄惨というか不条理な背景があるにもかかわらす、白黒が明確になっていない分、見ていた人それぞれに強く想うことがある、だけどなんとも落ち着かない気分、、
そんな時に、こんな静かそうなカフェで感想を書きながら、想っていることを整理される、、
とてもいいひと時じゃないでしょうか。


背景のCD、Kenny Dorham の Una Masですね。 バリバリの弾きまくりというより、
レイドバックな感じで淡々とゆるい演奏が続く名盤だと思います。 際立ったメロディーもないので、
BGMとして、ちょっと秋っぽくなってきた静かな夜に最適な一枚かと思います。


私はこの映画は見ていませんが、見終わったら複雑で確かに沈黙しそうです。
修道女、責任者、医師、母親、いろいろな立場で苦悩しているけれどみな同じ女性なのですよね。
最後に子供達も無事修道院で育てられることになったのは良かったと思いますが、
母親は自分の子供に自分が母親だと名乗れるのでしょうか。
出来ない立場のまま一生を過ごしたのなら、それが一番辛かっただろうなと想像してしまいました。


bonzofireさんへ

そうなんですよね、ポーランドってイメージが薄くておっしゃっている映画のほか、子どもの頃読んだ伝記のキュリー夫人のことくらいしか思い浮かびません。
ですけど、チェコじゃないですけど、雑貨なんかが可愛いらしくて、一度は行ってみたいな〜という国です。
こちらは映画の後に複雑でまとまらない感想を整理するのにちょうど良い場所でした。

そして、さすが!そこに目が行ったということが凄いです。撮った私が全く視界に入っていなかったCDでした。
早速YOU TUBEで聞いてみたら、とってもいい感じ♪BGMに良さそうなのですね。買っちゃおうかなと思います!
教えてくださって有り難うございました♪

ポケさんへ

ポケさん、深いですね!
確かにその時の関係者で出来たことの最善の道は選べたと思うので、全部解決ではないのでモヤモヤするけど、ひとまずは良かったね・・・といった感想でしたが・・・。
将来、母親と名乗れないままというのも辛いですね〜。私、そこに思いが全く及びませんでした。そう考えると過去とどう折り合いをつけていくかだけでなく、現実でも葛藤が続くのですね・・・
何も罪のない修道女たちがどうしてこんな思いを抱いて生きていかなければならないのか・・・本当に考えさせられる映画です。
この人たち、今、どうしてるんでしょうね。

時代と宗教的なしきたりと人の命の尊さについて考えさせられる映画ですね
ヒューマンストーリーは、自分と重ね合わせ、感情移入してしまいます
住んでる時代も環境も違うとはいえ、頭の中を駆け巡るものです
何よりも強くたくましく生きている子供たちや女性たちの姿は、心打たれ、勇気づけられるものですよね

Yottittiさんへ

実話という説得力が心に響きました。
宗教って何だろう?宗教は助けてくれる時もあるかもしれないけど、かえって苦しむことになる要因にもなる・・・
人間の本能と理性とか節度とか・・・人の中に内包する色々な思いとか溢れ出るものとか・・・人はどうやって折り合いを付けているんだろう!?とか・・・思い出すと今でも悩みます。
でも映画という娯楽でこうやって考える機会をもらえるのも幸せなことなんですよね。


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